2)タイトル:スキマ・アンケート
説明:
下の図例から、どの図が一番「スキマ」を感じるか?のアンケートに答えていただく作品ネット上などで展開。
コンセプト:
1.全体の何%をスキマとして考えるかのアンケートに対し、当然「それで、どうするのか?」という疑問が投げかけられるだろうが、作品または表現は、そこに何か別のものが隠されている必要があるのだろうか?
確かに、明確な数学の証明のような起承転結があれば説得力はあるが、はたして、現実が(人間の思考が)そのような起承転結に本当に支えられているのだろうか?
ある種の学習により、起承転結がなければマトモではないとの脅迫観念によるのではないか?
「起承転結」外のスキマがここにないものか?
その目的、意図を説明するというのがそもそもアンケートをアンケートたらしめる必要にして最小条件で ある。通常はプロジェクトの方向性を模索する方法
の1つとしてアンケート調査が行われそのうえで、どのようにプレゼンもしくは仮説の補強として運用されるかが検討される。
今回提示されているアンケートの目的となるとおおむね全体の何%がスキマと認識されうるか、という抽象的かつ曖昧な問いはわれわれの符牒に過ぎず、まずもってはこのアンケートの定義づけが必要でないかと考えられる。
作品または、表現は、そこに何か別のものが隠されている必要があるのか?についてはこの前提がある以上、隠された別のものではなく、アンケートをとるその目的がうしろにある筈である。
「あなたにとって全体の何%をスキマとして考えるか」という問いには意味はない。
その無意味さはスキマに生い茂る雑草的である。
端的にいえば純然たる統計学的にきちんと調査をするのか、芸術的な問いを発するかということである。
故に、結果に向かう作品でなく、結果が作品に向かう作品。
プレゼンテーションという意見交換(各作家の概念の応酬)があるのなら、1年間のアンケートと言うスキマ概念の押収も可能か?と考える。
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1)タイトル:汎芸術-97/2001
説明:
左の写真参照のアイコンを路上などで展開。
ビニールシート/200cm×597cm
コンセプト:
97年より展開中。当時、擬態は「スキマ」を境界と呼んでいました。この作品の意図は何かのメッセージを発するのではなく、作品自体が問いかけること
にある。
-「道路のセンターラインは
キリトリ線みたいです。
ラインとラインのまんなかに、
白いおおきなハサミ。
こうすればもっとキリトリ線です。」-
*この上に境界やら切れない線やら、国境やらもっともらしくかつ悪くない説明附加されるのが「作品」です。
「スキマをスキマとして捕らえるということを考えております。家具と家具のスキマに物を置いた瞬間から、そこは置き場になります。スキマプロジェクトによって、不可視、不可触であったスキマが活用され、変容していくわけで、もうその段階でスキマではなくなる。(あるいは、利用されずにいて、利用できるものがスキマだとも言える)そこで、スキマを不可視、不可触のスキマとして提示してみたい欲求に駆られた。」
センターラインのハサミはハサミを置くことでセンターラインをキリトリ線たらしめるのだが、そうなってくるとハサミ自体は作品ではなく作品概念のベクトルに過ぎない。センターラインはもともと公道に「在る」わけでだから「作品」ではあり得まない。
この「作品」はキリトリ線という俗称で呼ぶ時、鑑賞者は考える間もなくそのものずばりの体験してしまう。
残念なことにそこから思考が生まれ、境界やらボーダーやら(あながち、的はずれでもない)論考がなされ「作品」の純度、絶対性が失われていく。いやここで文章で表現していることでさえ本質から少しずれてしまっている。その曖昧だけど確実に存する事態---これはひとりよがりな自己完結的なアートと混同され得るので始末が悪い。それを避けようとついついサービスして観衆を納得させようとしては失敗することもある。
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