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「闘うジョン・ケージ」
作品
宣伝などの騒音の多い秋葉原の中央通りにある、両側が隙間で開いているビルの 両側に、スピーカーを一つずつ設置する。 スピーカーからジョン ケージの作曲した「4分33秒」を流す。
同様に、「4分33秒」を録音したcdを秋葉原の多くの店に置かせてもらって、 展示してあるオーディオ機器や、ラジカセ等でエンドレスで流してもらう。
マップに「4分33秒」の演奏場所を記入する。
コンセプト
東京に隙間は、ない。
あるのは嘘の隙間だけだ。
もし万が一、僅かな隙間があったとしても、すぐ誰かがそこを有効利用しようと 狙っている。
自動車のハンドルに遊びがあるように、隙間は安全の為に必要なのだ。隙間がない状態は、物理的にも精神的にも、生物学的にも、、、あらゆる領域でとても危
険な状態であり、我々は東京にもっと隙間を作りだしてやらなければならない。
中山じろー
注: 「4分33秒」は全く音のない状態ではありません。
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隙間プロジェクト
1.
秋葉原のビルとビルの間にある、うす暗い、ごく狭い空間に、両側の建物からそれぞれ人間の手先を型どったものを出す。(高4メートルぐらいの所)
それは、システィナ礼拝堂にあるミケランジェロの「アダムの創造」にある人差し指のごとく、接触するかしないか、のぎりぎりのものに似ている。つまりは、二つの手の間に、緊張した隙間がある。
しかしよく見るとそれは、ミケランジェロによる手の形ではなく、フレミングの右手の法則と左手の方則の手の形をしていて、それぞれの人差し指が接触しそうな位置にある。
この作品の両手は、ステンレスでできていて、毎日、12時00分と0時00分の2回、左右の人差し指の間を秋葉原の電気のシンボルとして、2万ボルトに上げた電圧を数秒間放電させる。
2.
フレミングの右手と左手の法則を引用するのは、電気の科学に対するオマージュであると同時に、言葉でも数式でもないこの手の形である「造形」が、ある法則を示すという事の重要性を指摘するという意図がある。
これは、伝達手段としてだけでなく、頭の中で考えきれないものを考えやすくするという、人間の脳の外部メモリーとして使われている。 しかもこの造形は、ある情報を伝えるための「手の形」であるため、物質としてあるのではなく、非物質として存在する。
現在、秋葉原でよく売られている、パソコンソフトというものは、言うまでもなく、人間の脳の外部メモリーの一つの形であり、その意味ではこの手のあり方と基本的には同じである。
3.
放電は、高い電圧をかけたときに2つの電極の隙間でできることであり、この現象を使った、真空管というものを発明したのもフレミングである。真空管が進歩してトランジスターやLSIができたのだから、今の秋葉原の街は、フレミングの電極の「隙間」によって、作られた、といえなくはない。
4.
一日に12時00分と0時00分の2回だけ放電をするという一つの理由は、物や情報がが氾濫している現代において、(特に秋葉原のような所では)「稀少」と言うことが、唯一対抗できる価値と思われるからである。これも一つの隙間的なことであると思う。
この二つの時刻は、午前と午後、あるいは一日という2つの時間(世界)の隙間である、ということがもう一つの理由である。
5.
このような面倒くさい説明は、最初から観客にはせずに、自由に作品を見てもらう。
以上
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