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スキマ・プロジェクト 概要
◆参加にあたって
○第一回目の参加締め切りは2000年9月15日(締め切りました)です。
○コマンドNに提出した作品プランのプレゼンテーションをコマンドN/□に展示、コマンドNホームページ上で公開します。
○作品のプラン内容に関してはいっさいコマンドNは責任を持ちません。
○参加費用はありません。ドキュメントブック完成後一部贈呈いたします。
○参加作品の著作権は作家に帰属しますが、作家自身が他で同様のプランをインスタレーションする場合はコマンドNに一報してください。
○プロジェクト全体の著作権はコマンドNに帰属します。
○参加作品の広報的活動はコマンドNが行います。
◆プロジェクト制作物に関して
○ドキュメントブックの制作・販売
 1:参加作品プランドローイング集
 2:実現した参加作品の記録集
○ホームページの制作
 参加作家のプロフィール、プラン、進行状況の報告など
 参加作家のホームページはリンクを貼ります。
○プレゼンテーション用ビデオ制作・販売
 参加作家の作品プランなどを編集したビデオ。
◆参加作品提出について(締め切りました)

作品プランの意図する内容を伝える方法はどのような形態、状態のものでも問題ありません。
ドローイングからパフォーマンスまで「考え=プラン」の伝え方は自由です。
ただし、プランニング・ドキュメントブックを作成上1作家1ページという制限でまとめますので下記の条件で提出してください。

1:紙媒体などの作品:スキャンニングしマッキントッシュ,Photoshopデータで提出してください。
データ化できない場合は撮影をしてスライド(紙焼きでも可)で提出してください。
ドローイングをスキャンニングする場合、解像度を350dpiで実寸サイズ(B4サイズまで)でお願いします。フォーマットは、マッキントッシュ,Photoshopデータ(Vr5.5まで)でお願いします。
それ以下の解像度の場合印刷用には使えませんので注意してください。作品の説明、意図などのテキストも添付してください。

2:コンピュータ上での作品:A4横以上B4横までのサイズで制作してください。作品の説明、意図などのテキストも添付してください。または完成データをスライドに出力して提出してください。
アプリケーション、Adobe Photoshop 5.5,Adobe Illustrator 8.0J ,STRATA STUDIOPro 2.5.3J,
VectorWorks8J2,QuarkXPress 4.05,Adobe Acrobat 4.0,Microsoft Office 98,クラリスワークス 4.0,Adobe After Effects 4.0J,Adobe Premiere (R) 5.1 Jその他のアプリケーションで制作する場合はご一報ください。

3:その他の作品:立体や映像、パフォーマンスなどを使用したプランニングの場合はその記録をスライドで提出してください。作品の説明、意図などのテキストも添付してください。

4:マッキントッシュ以外でのOSで制作した場合は、B4横までのサイズに出力して提出してください。
または完成データをスライドに出力して提出してください。

5:プランの実物を展示したい場合はコマンドNに事前に連絡をしてください。
 
☆データはすべてMOかCDRでコマンドNに郵送してください。9月15日まで必着です。


スキマ・プロジェクト

 満員電車に乗ったとき、まず気をつかうのが自分の体のポジションをどうするかである。人と人のスキマに身をゆだねつつ自分のつくりたいポジションを体をくねらせながら探り出す。誤解を受けないように手の位置に気をつけながら、周囲の密着している人と微妙にスキマをあけてバランスを取る。これは私だけの問題ではなく満員電車に乗ろうとした人みなの共通ルールだ。駅に着き人が入れかわるたびに乗客は一斉にこの微妙なスキマを開けようと努力する。その無言でスキマを探り出す車内の一体感はなんと言えばいいのだろう。ルールーを知らない新入りの乗客が乗ってくると全体のスキマがくるい、厳しい視線が新入りを突き刺す。そしていつのまにか新入りもスキマの開け方を体で覚え電車全体の人の流れに身を任せれるようになる。サキサトムという作家は、特性の袋にいれたプレーンな紙粘土を持ち満員電車に乗り毎日出勤するというプロジェクトをしていた。紙粘土は始め四角く平べったいものなのだが、乗客とのスキマで押しつぶされて変形してしまう。結果、驚くほど変形してしまっている粘土をみると、単なる人と人のスキマが何か可能性を秘めたものように見えてくる。満員電車に乗ることから逃れられないこの社会だからこそ、ここでのスキマは貴重な価値に逆転する。

 ある日都庁の展望台に上って東京を眺めてみた。地平線の向こうまで果てしなく続く雑居ビルや住居の風景を前に絶望と希望を同時に感じる。いったい何でこうなってしまったのか?誰がこうしてしまったのか?このカオスの中でアートはいったいなにができるのか?ため息がでる。戦後の焼け野原の写真と比較すると同じ場所とは思えないほど東京の風景は激変した。祖父や父の世代の人達が家族をかえりみず働いてきた成果なのだろう。しかし変化のスピードが速かった分、ドミノが倒れるように今後50年で全く変えれるかもしれないという希望は捨てたくない。テトリスというスキマを効率よく埋めていくゲームは時間との勝負なのだが、この東京もそう見えてしょうがない。ビルや住居を使って効率よく短時間にスキマを埋めていく不動産ゲームをしているようだ。路上は車が占拠し、人は絶えず流れるように移動しなくてはならない、公園では芝生にも入れず、ホームレスは柱の陰にさえ居場所をかまえれなくなっている。地下空間はいつのまにか巨大なチューブが渦をまき、膨大な情報とエネルギーが考えられないスピードで見えない他者にアクセスし続けているている。ビルの屋上はエアコンの室外機と看板で埋め尽くされ、空中でさえ権利が派生し、鳥でさえうかつに羽を休める場所もない。

 これからこの都市で生き残ろうとする私たちに残された場所はどこだろうか? 「スキマ」を探すしかない。一つは物理的な空間としてのビルとビルのスキマである。住居と住居のスキマである。気づいてはいないだろうが建築家は建物を建てていたと同時にスキマも造っていたのである。スキマは権利が曖昧だからこそバランスがとれている空間である。猫しか入れないほど狭くてもビルの高さまでは空間が広がっている。東京全体としたら膨大な空間である。このスキマを考えたい。スキマから第二の都市空間を見い出したい。もう一つは、ハッカーがネット上でシステムのスキマに存在するように可視化しにくい観念的スキマである。制度と制度のスキマ、親と子のスキマ、男と女のスキマ、政治家と有権者のスキマ、心のスキマ、歴史のスキマ、などなど、考えてみると観念的には世の中スキマだらけである。

 スキマを発見し考えることは、都市構造のインターフェイスを思索することに近い。個人、家庭、学校、企業、役所など各階層を繋ぐインターフェイスである。マッキントッシュのインターフェイスが優れていたおかげでネットワークが飛躍的につながりやすくなったように、複雑な都市構造に漂う私たちには優れた柔軟な思考を持つインターフェイスが必要である。そのためにも俯瞰した視線で都市を見下ろし発想するのではなく、満員電車で人にもまれ、地震におびえ、隣の家の壁とのスキマに身を入れ空を見上げ、ため息をつきながら創造力を働かせてみなくてはならない。

スキマからこの都市の琴線に触れてみることを始めてみたい。

中村政人