雑誌『TITLE』vol.43
2003年10月号
(文芸春秋)

都心にフリースタイル住空間、続々誕生!あなたならどう住む?東京都心、空室あり!

P40
気鋭の現代美術作家が挑む、
セルフビルド・リノベーション

 JR御茶ノ水駅から程近い一角。四方をビルや民家に囲まれた旗竿敷地に建つ2階建て木造家屋「湯島もみじ」と名付けられたこの自邸兼アトリエの住人はアーティストの中村政人さんとその家族だ。彼がこの物件と出会ったのはいまから3年前、「築50年は経っていて、過去に3、4回の増改築が行われていたようです。近隣との隙間はいちばん狭いところで15mmしかありませんでした(笑)。最初は廃屋にしか見えなかった建物と向き合ううちに、そこに東京という都市のリアリティを感じるようになりました。」と中村さんは語る。

 ここに住むことを決めた彼は、セルフビルドのリノベーション・プロジェクトを立ち上げた。日本大学の佐藤慎也氏が設計、岡田章氏が構造のアドバイザーとして参加、作業は大家さんとの交渉から始まり、現地調査をもとに増改築の過程を把握。中村さんとのディスカッションを経て、佐藤氏はアトリエ吹き抜けのデザインから全体の設計を図面化し、岡田氏は倒壊寸前の建物の内部に新しい骨格となる格子状の構造体を組み込むプランを考案した。

 昨年10月から始まった工事には日大や東京造形大などの学生がボランティアとして多数参加した。プロのサポートは最小限にとどめ、可能な限り自分達の手で創る。ミキサー車の入らない現場のため、細かいコンクリート打設の際には、全員でバケツリレーを行ったという。

 リノベーション後のプランでは、1階にギャラリーと吹き抜けのアトリエ、バスルームが配置され、2階はリビング・ダイニング、寝室などの居住スペースとなっている。手すりにガードレールを使用するなど、自由な発想が随所に見られる。ここのディテールはあらかじめ決められた通りに作るのではなく、空間の読み取りよってフレキシブルに変更されていく。

 「竣工はエンドレスですね。今はアトリエやギャラリーの床はモルタルですが、将来的には床材を張りたい。それに屋上庭園もほしいし...。ギャラリーではコマンドNの展覧会をやる予定です。この建物はプライベートな空間ですけど、半分はオープンでパブリックな性格も持っていて、ここのコミュニティエリアでのコモンスペース的な場所になってほしいと思っています」

 このプロジェクトにおいて何よりも際だっているのは、リノベーションのプロセスを楽しむ姿勢だ。アーティストの非営利組織であるコマンドNを主宰し、マクドナルドのMサインをオブジェ化した「QSC+mv」などで知られる中村さんは最近、ハウスメーカーの商品住宅をもとに作品を作るプロジェクトを試みている。今回の増築部分に使われた柱や梁は、昨年北海道で開催されたデメーテル展の出品作の部材を再加工したものだ。アーティストと建築との遭遇から生まれた「湯島もみじ」は、個性豊かなリノベーション住宅であると同時に住環境への批判性を伴ったアート作品でもあるのだ。

(上記雑誌より引用)