Home > 美術と教育・1997 > 藤 浩志 > 4/7


▽行く前のその時間を越える期待っていうのは、どうなったのですか?

▼もう越えすぎちゃって、戻りすぎたわけ。 いきなり、原始時代!(笑)土器のない文化でさぁ、つまり先土器時代。いきなり精霊と共存の世界なんですよ。土で化粧して植物や動物や鳥の羽で着飾って先祖の姿に変身して精霊の世界にトリップする世界。別にそういう村で仕事していたわけじゃないけど、そういう所から学生たちが各州政府から一人ずつ推薦で入学してきてたから、はじめのうちは驚きと戸惑いの連続でしたね。
 たとえば、彼らにとってのペインティングっていうのは顔とか体に描く図柄のことなんですよ。何かに変身するためにね。それって儀式には重要な要素だから、伝統的に伝わってきたものを正確に描くことが大切とされている。特にそういう技術に長けている人が芸術学校に推薦で入ってくるわけ。そこで初めて鉛筆の削り方を教えてあげて、紙を与えて村の伝統的なパターンを描いてもらおうとするんだけど、それが難しいのね。ベースが顔じゃないし体でもないし、平面という特殊な状態に図形を描く意味がわからないわけ。ましてやパターンを少し替えて三角形を一部四角にするとか(絵を描く)、丸にするとか絶対にできないわけね。でも、僕自身もそうだったかなーって思ったりして。たとえば「棒が一本あったとさ! 葉っぱかな? 葉っぱじゃないよ、蛙だよ」っていう絵描き歌あるじゃないですか(絵を描く)。「6月6日に雨、ザーザー降ってきて…」あれかならず最後は「かわいいコックさん」になるんだけど、決して警察官にはしないし、横顔も描いたことないし、なぜかコックさんしか描けない。たとえば小学校の頃、黒板に仮面ライダーとかウルトラマンとかなぜか喜んで描いていたけれど(絵を描く)、それを変化させて新しいウルトラライダーとか描くことは絶対なかった。必要がなかったんだよね。新しい図柄を平面に描くって言う必要がね。生活の中でね。
 そんな彼らを捕まえて芸術大学に集めてアートっていう概念を押しつけて、彼らがもともと持っていた生活や儀式のための様々な技術とか感性を去勢しているような、そんな複雑な気持ちでしたね。

▽彼らの行っている、アートっていう前に何かつくるっていうことは藤さんの制作に影響を与えてますか?

▼影響っていうよりは強烈な確信のようなものとなって僕自身にこびりついてるんでしょうね。たとえば美術っていうカテゴリーの問題は無視してでも自分自身にとって必要な事柄を作り出そうというスタンスとか。僕の場合生活のためっていう感覚とはちょっと違うんだけど、生活を越えるためにつくるっていう感覚かな? 彼らの場合もっと生活とか暮らしとか、生きることとつくることがもっと密接なんです。たとえばニューギニアの海岸部の家はほとんど高床式でヤシの木でつくるんだけど、だいたい二、三年で傾きはじめて約三年過ぎるとつぶれるのね。

 

 

 
Copyright© 2002 Masato Nakamura. All right reserved