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▽でもクビになったりしないですよね。
▼今の制度はすごく面白くて、犯罪行為さえしなければクビにならないから。ほとんどの先生は教職組合に入ってるんですけど、僕は入ってないんですよ。ほとんど群れないし、学校の職場で飲みに行ったり食べに行ったりってことはほとんどないです。そういう付き合いはしないで業務だけをきちんと果たす。担任はちゃんとしてますし、毎回掃除もしてますからね。そういう先生がやることはしっかりやってますからね。生徒に対してはきちんとやるんだけど…。
▽先生になろうとしたきっかけはどういうところだったんですか?
▼もともと子供好きなんです。人間がすごく好きだから、誰かに何か伝えるのがすごく好きなんですよ。絵で伝えるのも言葉で伝えるのも一緒で、ジッと家で静かにしているというよりも誰かに面白いもの見たよって伝えに行く方が性にあってるんです。もともと人に伝える仕事をしているというのが一番のポイントなんじゃないかな。
▽作品をつくりながらですから、教職の方が仕事として時間的な拘束が大きかったりして邪魔になる時っていうのはありませんか?
▼それは今のところないですね。っていうのはね、なぜないかと言いますと週一五時間教えるんだけども、空きの時間全部使ってコンピュータでつながってネットワークの仕事してるから、ほとんど学校にとっては犯罪行為ですよね(笑)脳の中は独立してるからその時間が終わったらモバイルでつながってるところにスッて行って…。
▽美術作品というのはどういう作品もある種啓蒙的、教育的な側面というものを持ってると思いますが…。
▼何か伝えたら教育になるんですよ。上から下に関係なく、こうやっておしゃべりしてて「ああなんか面白い話きけたな」っていうのも教育という名前にしなかったらいいんですよ。上から下っていうんじゃなくて、平行な感じでしょうね。こういうレベルの中にクオリティの差があるだけなんですよ。それを教育っていう無理に高い所から低い所に流れるみたいのにするの大嫌いなんですよ。だから僕教育ってあまりいいたくないんですよ。そうじゃなくていい話聞けたとか、いい人に出会えたとか、僕の今までの先生も僕を教育しようなんて誰もしなかった。ただその先生が動いたり、しゃべったりする横に居させてもらった。そのなかで、たくさん吸収したんですよ。
▽現在の芸大・美大の受験制度について、椿さんのお考えというのは?
▼そうですね、僕ずっと学校いらないと思ってきたタイプなんで、どちらかというと、寺子屋みたいなスモールな、ちっちゃいファイル単位の集まりで、つねに流動化しながらユニットがユニットを組み換えて行くようなかたちが理想だと思ってますね。ある種の巨大組織というのは工学的なものとか都市とかが、必要によって生んだもので、農耕が生んだものでしょ。農耕文化を我々がコントロールしなくていかんようになった瞬間にそういう必然性がでてきた。巨大システムをつくらなきゃいけない。ということはまさに巨大システムであるが故のネガティブな側面っていうのを生まれたときから引き摺らなくてはいけない。NTTだってそうでしょ、巨大になってしまうと非常に動かしづらくなってしまう。そのときに巨大なものがダメといってしまうのではなく、巨大なもののなかで我々のファイルは結構自由に動いている、そのあたりをどう組み上げていくかってことですね。そこに、僕は現場があると思うんですね。大学の時バイトで、東京であればたくさんあるから、スタジオ行ったりするでしょ、そこでの人間関係は、結局大学なんか全然問題じゃなくて、そっちでみんな育ってるんですよ。じゃあ大学で何を育てたかといえば、結局ハコだけなんですね。ほとんどハードウェアの機能。美術館でいえば建物の機能で、実はキュレーションとか展覧会をつくり上げて行く部分というのは、結局外部の現場がやってる、そういう気がします、逆にロスでしょうね。
▽現在、高校生で美大に行きたいとか、将来、美術の方やりたいんだけど、どうしたらいいんだろう、と思っている学生に何かアドバイスしていただけませんか?
▼まずね、インターネット検索することでしょうね。インターネットを検索することで、世界中にも、美大があるということを知る。それと英語ですね。
▽そう、英語ができれば…。
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